剣道において「チャレンジ」即ち「ビデオ判定」は必要か?その参!これが最後!
こんばんは!元剣士の森川です!
さてさて!ビデオ判定についての話題も3回目!
ここら辺で綺麗に纏めておきたい!そんな願望が
ありますが、予定は未定、一体どうなる事やら!
すみません、熱くなると筆、キーボードが止まらなく
成る性質でして・・笑
兎角、前回途中だったこの話題から!
剣道の一本、その基準
話題を世界大会に向けた理由は、剣道の一本、その基準が
他国の審判、剣道理念とかなり「溝」がある、と考えている
からです。
例として、世界大会では「残心無し」でも一本になる場面が
結構ありますし、「態勢が美しくない」状態で放った技でも
一本と認定される事が多いのです。
”真上にジャンプ”して片手で面、それが一本、日本では
考えられない事態も、ままあります。
「心技体」、その重要性
剣道の一本、それは「心技体」が揃って成立するもの。
これこそが私的な剣道においてのビデオ判定、逸れに対する
疑念と拒否反応の根幹ですね。
これは、議論の反対派の多くの方々が書いている事でもあり、
勝手に嬉しくなっております 笑
ともあれ、日本の一本と世界基準の一本、その温度差は
「武道」と「スポーツ」という線引きの様な気もします。
柔道がJUDOに成った、とあるオリンピック、「背中を畳に
つけてしまえば良い」、あれと同じ感覚ですね。
それでは、危うい、武道ではなくなる、と。
ビデオ判定の前に・・審判の意識改革を!
確かにビデオ判定、正確性という点では非常に優れています。
判定への不満も減るでしょう。
ただ、剣道は綺麗事でも何でもなく「瞬間の美学」が存在し、
その瞬間でしか感じ取れない「心技体の一致」が確実に有り、
それが剣道を武道たらしめている大切な要素だと、私は思うのです。
現状の世界的な審判レベルと一本基準、それを維持したまま
世界大会でビデオ判定を持ち込んでしまうと、いよいよ剣道は
「スポーツ」になってしまうのでは、当てればOK、そんな
流れになってしまうのでは?そんな危惧を抱きます。
ので、ビデオ判定を取り入れる入れない、その前に、先ずは
「国際的な審判の意識と技術の底上げ」、これを行って頂きたい
なあ、と。
剣道、ひいては武道や侍が世界で評価され続けるのは、それらが持つ
「信念」「理念」、心の部分が大きいと私は確信しています。
スポーツは勿論大好きです、観戦オタクですからね 笑
ただ、剣道は武道である、その「道」は何があっても
踏み外して欲しくない、そう強く思うのです。
ほら・・熱くなった 笑
この話題、またいつか書こうと思います!一旦幕引き!
商品紹介!
ビデオ判定は剣道に必要ありません!
珍しく揺らがない、不動心な私の現在を象徴する手ぬぐい!笑
くまモンに続く人気商品でもあります!
是非是非どうぞ!
ではでは、今回も最後まで読んで下さり、真に有難う御座います!
失礼致します!